9回裏最後のバッターの最後の一球を、客席に向かって投げてそのままマウンドからピッチャーが消えてくようなブログ

平日は1000〜2000文字ぐらい、土日は4000文字ぐらい書きますがどちらも端的に言うと20文字くらいに収まるブログです。

IT健保でディズニーシーに行った話

「逆に一度冷静に、今まで君が生きてきた中で聞いて、見て、触って、すなわち人生を通して培った偏見やイメージをすべて取り払う努力をした上でちょっと考えてみてほしいんだけど、はたして『ヤリマン』という言葉は君が言うようにネガティブであったり悪意があったり、総じて悪い言葉なのだろうか。その悪いイメージというのはあくまでイメージや印象であって、本来の意味に対してもしかすると自分ではない誰か、それはたとえば社会というものが、本来の意味の上にパテのようにイメージを塗りこんだだけで、言葉本来の意味でいうとそれは悪い言葉なのだろうか。たとえば君が平日、仕事が終わった後に同僚と飲みにでも、もしくはかねてから約束していた友人たちとの女子会でこじゃれたスペインバルに行ったとしよう。そこでカクテルをオーダー、いや、無類のビール飲みたる君はビールだろうけれども他の女子会員達はカクテルをオーダーしたらば、さて何食べようかっつって、君は他の女子会がそうであるようにバーニャカウダとアヒージョ、鶏レバーのパテをオーダーするのだろう。ここでバーニャカウダやアヒージョはどうでもよくて、鶏レバーのパテに注目したい。鶏レバーのパテというと君も知るように、鶏のレバーをこねくり回したようなものをスプーンもしくはバターナイフ的なもので掬ってバゲット、それはあるいはフランスパンと呼んでもよいかもしれないけれどもつまりはパン的な物に塗って食べると味があって美味しいというものだろう。つまりはパテはパテだけでちゅらちゅらとねぶるようなものではなく、パンに塗りこんで初めて料理として成立するるのではないだろうか。この場合にこの料理の本質は果たしてパテなのだろうか。否。パンだろう。料理名はパテだけれどもその本質はパンでありフランスパンでありバゲットであり、料理名に記載がないまま、まるで添え物のようにパンがついてくるけれども料理名としておかしいのではないだろうか。『鶏レバーのパテ 〜パンを添えて〜』ではなく、『パン 〜鶏レバーのパテを添えて〜』が正しいのではないだろうか。ここで先の『ヤリマン』という言葉の本来の意味ははたしてパンであり、その悪意や偏見は鶏レバーのパテではないのだろうか。今一度、料理長やオーナーの意向によって、あるいは社会によって形成されたイメージ、つまりはパテを取り払ってパン本来の味を噛みしめてみると、そこには素朴な味が広がるのではないだろうか。はてして『ヤリマン』という言葉は悪い言葉なのだろうか。」と投げかけると一瞬の考える間もなく「いや、ダメだろ。」と返ってきたのは過日のことだ。 そして33歳にして人生で初めてディズニーシーに行ったのも過日のことだ。

 

 

ディズニーシーに行った。なぜか。これを説明するにはまず健康保険組合の説明からしないといけないのだけれども、サラリーマンであるおれ、もちろん会社が保険に加入しておりそれがITやWEB会社が集う関東ITソフトウェア健康保険組合という保険組合だ。IT/WEB会社が集まるということで加入者が比較的若く、病気になることも少ないため保険料が安く、様々なサービスがくっついてきて非常に良いとされている。そのサービスとはたとえばホテルや保養施設の割引であったり、レストランに格安で行けたり、かつてそのサービスである中華料理屋さんに行きすっぽんを食べたこともある。

 

20to4000.hatenablog.com

 

ここでディズニーシーである。何もディズニーシーに限らずディズニーランドでもいいのだけれども、つまりは普段パソコンに張り付いてなかなか歩かない君たちもたまには歩きなさいよ、ディズニーのチケットを安く抑えてあげるから行ってきてたくさん歩きなさいよ、ということで通常7,400円のワンデーパスポートを2,600円で購入できるという算段だ。

ディズニーランドには何回か行ったことがあるけれども、シーには行ったことが無いおれ、この機会に一度シーに行ってみるかっつって申し込むわけだけれども一人で行くのもなかなかタフということもあり、おそらく同業なら同じ保険組合もいるだろうと同業が集うfacebookのグループで「誰か行かない?」と投げかけたところ、二人がひっかかり計三人でディズニーシーに行ったのである。ただひとつ残念なのはこの三人が全員三十路を越えたおっさんだったということだろう。

 

当日。早朝8時に舞浜駅に集合した後、ディズニーリゾートラインたる園内の電車に乗りディズニーシー駅で下車、チケットを引き換え入場だ。目の前には夢の世界と人の波が開かれる。

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さて、おっさん三人でディズニーである。園内を歩きまわるとカップルや女の子のグループ、男女のなかよし集団、それはあるいはヤリサーかもしれないけれどもそういったものがメインである。ディズニーにおける金髪の女の子はだいたいヤリマンに見えがちである。しかしなかなか男だけというグループも見当たらない。夢なら醒めてほしい。

 

とはいえおっさん三人のメリットも多々あるわけで、それはたとえば気兼ねなくシングルライドに乗れるということ、お酒が弾むことだろう。 都度ビールを飲み練り歩けるというのはなかなか良さがあった。たとえばビッグバンドビートというショーに並んでいる際には、列が進む形ではないのでしっかりと腰を据えてお酒を飲むことができた。

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また、シングルライドというのはアトラクションに乗り込む人員に隙間が出てきたらばそこにお一人様を入れることでスムーズに列を処理できるという代物だ。120分待ちの列を横目にすいすいと進んでいくのは爽快である。

 

ここであのアトラクションが良かったとか、パレードがどうだったとか言っても仕方がないだろう。なぜかというとたとえば君がディズニーシーに行ったことがあるならばあるいは多少の共感を得ることもできるかもしれないけれども、その感想は小学生並になるのは仕方がないだろう。逆にあのアトラクションはあそこがどうであのキャラがとてもかわいい〜〜☆みたいなことを書いてもうるせえ!と一喝されれば夢から醒めるのだ。あの施設はアトラクションがどうとかではなく全体の雰囲気の話なのだろう。夜のディズニーシーは非常にセクシーで、ファンタズミック!の最後にミッキーが「イマジネーション♪ハハッ♪」という完全にぶっ飛んでいる言葉は裏声で発していた。けれどもそれも許される雰囲気なのだ。カップルや女の子のグループ、男女のなかよし集団やヤリサーにヤリマン、そしておっさん三人でも夢の世界に入ることが許される空間なのだ。ミッキーが「イマジネーション♪ハハッ♪」と言うと「イマジネーション♪ハハッ♪」なのだ。イマジネーションはハハッなのだ。

 

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イマジネーションとはつまりは想像である。想像とはつまりは付け加えられるものだ。ゼロからのイマジネーションと、本来の意味から上塗りされるイマジネーション。イマジネーションというのは所詮ハハッ程度なのだ。ディズニーシーというのは夢に入り込む場所であり、逆に夢から醒めるための場所なのかもしれない。イマジネーションを剥がして夢からそこにあるのは現実であり、それが本質なのかもしれない。今一度鶏レバーのパテをオーダーした後に考えてみてほしい。はたして『ヤリマン』という言葉は君が言うようにネガティブであったり悪意があったり、総じて悪い言葉なのだろうか。

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