デパートメントHに行ってきた話
何年前の今ごろ何をしていたかというと、印象的なものはあるいは憶えているかもしれないけれども大半はそうでもないだろう。もしくは行ったことは憶えているけれども何月何日といった詳細は憶えていない。
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ビョークのVR展「Björk Digital ―音楽のVR・18日間の実験」に行ってきた話
IT健保でディズニーシーに行った話
「逆に一度冷静に、今まで君が生きてきた中で聞いて、見て、触って、すなわち人生を通して培った偏見やイメージをすべて取り払う努力をした上でちょっと考えてみてほしいんだけど、はたして『ヤリマン』という言葉は君が言うようにネガティブであったり悪意があったり、総じて悪い言葉なのだろうか。その悪いイメージというのはあくまでイメージや印象であって、本来の意味に対してもしかすると自分ではない誰か、それはたとえば社会というものが、本来の意味の上にパテのようにイメージを塗りこんだだけで、言葉本来の意味でいうとそれは悪い言葉なのだろうか。たとえば君が平日、仕事が終わった後に同僚と飲みにでも、もしくはかねてから約束していた友人たちとの女子会でこじゃれたスペインバルに行ったとしよう。そこでカクテルをオーダー、いや、無類のビール飲みたる君はビールだろうけれども他の女子会員達はカクテルをオーダーしたらば、さて何食べようかっつって、君は他の女子会がそうであるようにバーニャカウダとアヒージョ、鶏レバーのパテをオーダーするのだろう。ここでバーニャカウダやアヒージョはどうでもよくて、鶏レバーのパテに注目したい。鶏レバーのパテというと君も知るように、鶏のレバーをこねくり回したようなものをスプーンもしくはバターナイフ的なもので掬ってバゲット、それはあるいはフランスパンと呼んでもよいかもしれないけれどもつまりはパン的な物に塗って食べると味があって美味しいというものだろう。つまりはパテはパテだけでちゅらちゅらとねぶるようなものではなく、パンに塗りこんで初めて料理として成立するるのではないだろうか。この場合にこの料理の本質は果たしてパテなのだろうか。否。パンだろう。料理名はパテだけれどもその本質はパンでありフランスパンでありバゲットであり、料理名に記載がないまま、まるで添え物のようにパンがついてくるけれども料理名としておかしいのではないだろうか。『鶏レバーのパテ 〜パンを添えて〜』ではなく、『パン 〜鶏レバーのパテを添えて〜』が正しいのではないだろうか。ここで先の『ヤリマン』という言葉の本来の意味ははたしてパンであり、その悪意や偏見は鶏レバーのパテではないのだろうか。今一度、料理長やオーナーの意向によって、あるいは社会によって形成されたイメージ、つまりはパテを取り払ってパン本来の味を噛みしめてみると、そこには素朴な味が広がるのではないだろうか。はてして『ヤリマン』という言葉は悪い言葉なのだろうか。」と投げかけると一瞬の考える間もなく「いや、ダメだろ。」と返ってきたのは過日のことだ。 そして33歳にして人生で初めてディズニーシーに行ったのも過日のことだ。
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アダルトVRフェスタに行ってきた話
技術の進化がめざましい昨今だ。その技術は我々の生活に深く寄与し、安全や利便性、豊かさをもたらしている。技術というと何も最新のものだけを指すわけでもなく、たとえば朝起きて会社に行き仕事をし、家に帰って寝るまでの間にも様々な技術の恩恵を受けている。
科学技術の結晶たるスマートフォンの目覚まし時計アプリで目を覚まし、各種SNSをチェック。ティファールでお湯を沸かしてコーヒーを飲みつつめざましテレビのめざましじゃんけんに参加。シャワーに入り準備を整え駅に向かうとsuicaをタッチして構内に。会社に着くとPCを立ち上げエクセルやワードで資料を作成する。仕事を終えて一杯飲んで帰るかっつってお金が無い君は金の蔵に行くのであり、テーブルに備えられているタッチパネルでやっすいお酒とやっすいおつまみをオーダーする。まだ時間あるなっつってダーツバーに行きダーツライブで世界中のプレイヤーとダーツに興じたらもう良い時間。家に帰ってもやることがないので延々とスマホをいじくりLINEツムツムに興じるともう深夜深く、目覚ましアプリをセットして眠りにつく。この中にも様々な技術が入り込んでおり、日々その恩恵を受けていることが明らかだろう。
技術というのは日々進化し、新しい技術が表れては廃れ、競争が起こり、勝ち残る。そういうサイクルの中で今注目すべき技術の一つがVRだろう。
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