9回裏最後のバッターの最後の一球を、客席に向かって投げてそのままマウンドからピッチャーが消えてくようなブログ

平日は1000〜2000文字ぐらい、土日は4000文字ぐらい書きますがどちらも端的に言うと20文字くらいに収まるブログです。

月越しのお金を持たないあるある

宵越しの銭は持たない、というとそれはその日に得た収入はその日のうちに使い果たすということであり、金銭に執着しない江戸っ子の気性を表している。 当方大阪生まれ大阪育ちであり江戸っ子とは縁が無いけれどもこの考え方には賛成である。というのは、かつての江戸は銀行のような金融機関がなく、家にも鍵がないので泥棒盗まれたり火事で焼け落ちてしまうリスクが大きかった。それなら焼けたり盗まれるよりは使い切ってしまったほうがよいという考えである。

 

さて、サラリーマンであるおれ、宵を越さずにお金を使い果たしてしまうと次の給料日までに死ぬのは確実である。つまりはおれのようなサラリーマンについては宵越しではなく月越しというのが正しいだろう。その月にもらったお賃金はその月に使い切る。潤沢な収入があり余裕がある場合にはどう貯めるかに頭を働かせてもよいだろうが、おれのような貧民はどちらかというとどう貯めるよりかは、ある分をどう使うかが大事なのではないだろうか。
それは例えば月のうちの自由がきくお金を、六本木のバーでブロンドをナンパするべく英会話教室に投資してペラペラと英語をしゃべれるようになることも自己鍛錬への投資であり、それはまた例えばジムの会費とプロテインに費やし夏までに体を仕上げるために投資してもよく、あるいは恋文を書き連ねるために日ペンの美子ちゃんに投資して美しい文字を手に入れることもよいだろう。

 

ではおれは月のうちに自由になるお金を何に使っているかというとお酒とギャンブルである。クズである。あえていうとクズである。そこにはブロンドをナンパしたり海用に体を仕上げたり恋文を書くような意志や目的がなく、時間とお金を平行して消費しているだけである。これはよくないぞ、と。33にしてこれはよくないぞ、と。もっと自由が効くお金を有意義に使わないといけない。

 

ここで「月越しのお金を持たないあるある」をひとつ放り込むと、クレジットカードを使いにくいということがあげられる。 すなわち脳がキャッシュ脳になっており、預金という概念はなく残高で通帳の数値がカウントされる。残高を引き落として使い切るというスタイルにすると、給料日前に引き落とされるクレジットの支払いで完全に詰むのである。ネットの通販等webの支払い以外ではクレジットカードは使わずにキャッシュのみで生活を行う。それでもボーナス前の頃になると詰んでくるのでクレジットカードを発動するという残念な33である。

 

チャレンジというと良い響きを伴う。乗り越えようと立ち向かったり挑むことだ。おれは挑むことにした。キャッシュをすり減らしていく暮らしではなくクレジットカードが主体の生活に切り替えた。なぜならスロットで勝ちが続いて残高に余裕ができたからだ。なぜならマイルが貯まるからだ。マイルを貯めてニューヨークに行こう。suicaオートチャージおよびnanacoも導入した。どちらもクレジットカードでチャージでありなかなかに便利だ。今まで利用していなかったことアホである。

 

残高を使い切るとクレジット引き落とし時に地獄を見る生活が始まった。