読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

資産など無い

平日は1000〜2000文字ぐらい、土日は4000文字ぐらい書きますがどちらも端的に言うと20文字くらいに収まるブログです。

仕事が詰まっててやばい。

仕事

仕事が詰まっててやばい、とかなんとか言ってしまうと、ブラック企業に勤め残業代や代休も出ず、さらには翌日遅刻したなら給料を引かれるけれども毎日仕事を終えるころには終電などとっくに過ぎ去っていてさらにはタクシー代も出ないのでタクシーで家に帰ろうものなら赤字、というのはそもそものブラック企業、待遇は悪くお賃金もすずめの涙ではあるけれどもなぜか会社の位置だけは繁華街や都心のオフィス街にあるオフィスビルに入居しておりどどーんとオフィスを構えており端から見ると小洒落た優良企業ではあるけれどもその内実は人の流動性は多く残業が蔓延しており社員はほとほと疲れているけれどもそれぞれ住まう家は会社からほど遠く深夜料金で1万円近くかかってしまうための赤字であり、働いてお金が減っては本末転倒も甚だしいためたとえば午前2時に終わってもタクシーに乗ることはせずに朝まで会社で過ごしちょろっと寝た後にシャワーを浴びるためだけに家に帰る君は「おれのほうがやばい」と言うだろう。そう言われるとおれ、「そりゃぁおまいさん、クソみたいな環境で働く自分を省みることなく反省もせず人生に対するPDCAサイクルをまわすこともできずに、ただただ毎日何にもならない恨み言だけをつらつらと並べるけれども決してその環境から脱出しようという努力はせず、一歩も踏み出さず停滞して流れるままに受け入れていて取り入れられているおまいと比べるとおれのやばさなんかは極々微小なものであるけれどもそんなことより聞いてくれよ、」とお茶を濁すことしかできないのが事実であり、おれよりも仕事が詰まっているはたぶん国内に2000万人ぐらいはいるのだけれども、詰まり方が問題である。その詰まり方がなにかというとつまりはたとえばその一つはおれのキャパシティの問題でありメモリの問題である。同じ時間にこなすことができる数が極々微小であるため、たとえば詳しくないけれども優秀な料理人は右手でフライパンを操り左手に持った菜箸で鍋をこねくりまわしながら両足ではうどんを踏み踏みコシを出し、腰を捻って右尻で冷蔵庫を閉めては逆に腰を捻って左尻で冷凍庫を閉めては腰を引き野菜室を閉めながら目はタイマーの時間を確認し鼻でワインの香りを嗅ぎ口ではアルデンテかどうかを確かめるように一度に大量のタスクをこなすのだろうけれども、インターネットに携わるおれ、たとえばスケジュールをつくらないといけない、資料をつくらなくてはならない、あがったデザインのチェックをしないといけない、となると画面を見てインプットと同時にキーボードを叩きアウトプットであり、インプットからアウトプットまでが一直線に流れるわけで、脳と体はひとつのためデザインを見ながらキーボードではエクセルでスケジュールを打ち込むなどという芸当はできず、もちろんmacbook airに加えてデュアルディスプレイもあるため画面は存分ぬ利用できるのであり、画面内のここはデザイン、ここはエクセルなどと分けることは容易いのでそういう意味での平行は可能だけれども、ひとつひとつで砕くと脳でデザインを捉えてアウトプットをスケジュールにするのは不可能であり、脳を都度都度切り替えデザイン⇔スケジュールとすることは可能だけれども、その瞬間、刹那に同じことを平行することは脳が一つである以上物理的に不可である。まぁ端的に言うと仕事が詰まっててやばい。

 

しかしここで考えると、この問題をメモリで考えると何もこれはおれだけに限ったことではなく他の人も同じく脳は一つであり、つまりはキャパとはメモリではなくCPU、処理速度なのではなかろうかと考えられる。たとえば先ほどの例でいうとデザインを見て平行でスケジュールを作成する際にデザインを見るのに1時間かかりスケジュールを作成するのに1時間がかかるとすればそれぞれ終わるころには当然2時間たっているけれども、世の中は常に流動しており二つのタスクをこなすのに2時間かけている間に他のタスクが3件ほど舞い込み案件的キャパ赤字になってしまう。ではどうするかというと、それぞれを見る時間を30分に短縮する性能を持っていれば1時間に2件のタスクを終え、新しく舞い込むタスクはその頃にはまだ1件でキャパ黒字である。タスクが二つ減ってひとつ増えることを繰り返す間にタスクは徐々にゼロにちかづき定時のころには無事ゼロとなり退勤、アナログなタイムカードを押しスーッ、カチャッ、スーっとなりタイムカード入れにタイムカードを入れたらばもうアフター5を楽しむことができる。つまりはアフター5とはキャパシティであり、そのキャパシティとはCPUである。そのCPUが乏しい無能なおれ、処理速度を早める必要があるのであり、ちぎっては投げ、ちぎっては投げタスクをこなさないといけない。ではこのちぎっては投げちぎっては投げというところで至る結論の一つには「適当にする」というのも一つある。適当というのは聞こえが悪い節があり難しいけれども妥当のような、そうあるべき状態という意味もあるのでこちらで理解いただけるとよいのだけれども、そのタスクにあてる力量や情熱、キャパシティやカロリーを妥当なところでするべきであり、上に上にしても仕方ないところがあるので理解されたし。しかしこれが聞こえの悪いほうの適当になると適当がゆえにミスが起き、ミスを直すタイミングでまたミスが起き、信頼をなくして案件が減少、単価が安くなり売上が不足、支出を抑えるべく経営陣はリストラを敢行し人数を減らすのだけれども仕事の数は単価が減少した分を補おうと数を増やすしかなく減った人数に比して仕事は減るどころか増えるのでありそうなると残業代や代休も出ず、さらには翌日遅刻したなら給料を引かれるけれども毎日仕事を終えるころには終電などとっくに過ぎ去っていてさらにはタクシー代も出ないのでタクシーで家に帰ろうものなら赤字となり働いてお金が減っては本末転倒も甚だしいためたとえば午前2時に終わってもタクシーに乗ることはせずに朝まで会社で過ごしちょろっと寝た後にシャワーを浴びるためだけに家に帰るハメになるのでやることはちゃんとしておかないといけない。しかしそのやることをちゃんとするためのキャパでありCPUが不足しているところが矛盾であり、まぁ端的に言うと仕事が詰まっててやばい。

 

30歳を越えて数年立つこの体にはガタが来ており先日受けた人間ドックでは胃、十二指腸、肝臓、腎臓が健全ではなくそこに仕事のような負荷がかかるとさらに気持ちは荒み心は淀みソウルジェムは濁るとついつい酒、たばこ、ラーメン、ソーシャルゲームに走ってしまうのである。不健康な生活を過ごすゆえに体調が優れず気分も乗らないまま職場に趣き仕事をはじめるけれどもパフォーマンスはガタ落ちし、というかそもそも発揮するパフォーマンスも無くまるで悪循環でありこの悪循環を切り替えるのが土日である。土日は休日である。連休である。土日というと昼過ぎまで寝てダラダラ過ごしたいという願望がひとつあるけれども、そこで矛盾するのもあり、それが何かというと規則正しい生活という概念である。規則正しいというのはつまりは毎日曜日を問わず生活のリズムを揃えるのであり、休みだからといって昼まで寝てはならず、土日にも朝に起き、昼間は活動し、夜に寝るというライフスタイルが健全とされている。幸い土曜日には朝の連ドラがあり、日曜日にはプリキュアドラゴンボール、ワンピース、ワイドナショーという鉄板な流れがあるため生活のリズムは規則正く刻まれている。これが矛盾である。規則正しい生活を心がけるあまり睡眠が不足する矛盾とは悪でありこうして人はパフォーマンスを落とすのかもしれない。しかし土日というのは休日というのは一面であり、逆の面で言うとオフィスまで行く必要もなくその辺でコーヒーでも飲みながら仕事をすることができ、つまりそれは一番集中できるのは土日であるという面もある。たとえばディレクターであるおれ、何かを提出する期日を月曜日の朝にすることがある。それは何かというと土日の利用を想定したものである。客先は当然土日は休んでいるのでありつまりは空白。仕事の日数を数えるときに営業日という数え方をして久しいけれども、それはつまりは土日は何もしませんよというもちろんのことであり、そのもちろんが通じないこともある悲しく美しい世界である。その空白を空白として捉えずチャンスと捉えることによりキャパを増やすことが可能である。そしてその生み出したキャパは最善のパフォーマンスが発揮できる環境である。最高のパフォーマンスというのが平日ではなく休日というのがなんと悲しくそして美しいだろうか。そしておれは月曜日の打ち合わせに持っていく資料を土曜日の昼間にしようとしている。この日曜日は誕生日であり土曜日の夜、日曜日の昼から夜にかけても予定はあるのであり、その隙間、土曜日の昼間に仕事することをカウントしているのであり、まぁ端的に言うと仕事が詰まっててやばい。

 

ここまでつらつら書いてきて、そろそろというかそもそもわかるかと思うけれども、今こうして新宿のモスバーガーでつらつらとブログを書いているぐらいにはそこまで追い詰めれられてはおらず心身ともに健全であり、ここに書いているのは全部嘘でありたぶんどちらかというと仕事できるほうなんだよ。でも仕事が詰まってるってのは本当で、土曜日の昼間に仕事するってか提案書書かないといけないってのは本当にそうであって、それは前述の通り月曜日の朝に持って行ってそれを持って打ち合わせをする必要があるからで、その提案書は今週の頭から書こうとしてたけれどもそれよりも優先されるべきタスクがあったから後まわしにしてしまった結果であって、その間もブログ書いたりしてるからそんなブログ書く暇あったら提案書書けよと君は思うかもしれないけれども、もう何が嘘で何が本当かわからないぐらいさ。嘘なんてこの世界に比べるとちょっとした、ほんの些細な美しいものだろ。まるで嘘みたいな世界さ。でも仕事が詰まってるのは本当なんだ。

 

仕事が詰まっててやばい。

広告を非表示にする