9回裏最後のバッターの最後の一球を、客席に向かって投げてそのままマウンドからピッチャーが消えてくようなブログ

平日は1000〜2000文字ぐらい、土日は4000文字ぐらい書きますがどちらも端的に言うと20文字くらいに収まるブログです。

交差点が迫っている。

交差点が迫っている。

 

なんかtwitter見てるとニューヨークでも大雪が降ったとかで、雪にはしゃいでクリエイティブな雪だるまとか雪遊びがタイムラインに表ていた。何がすごいというとこの機会にアナと雪の女王のコスプレをした人の写真があり、まるで映画のような一枚に仕上がっていてこういう瞬発力はすごいなぁと思う一方で薄いコスプレ衣装で寒さに耐える根性もすごいなぁと目を見張るものがある。

打って変わって日本。東京は雪が振らないまでにしろめちゃくちゃに寒い。日々の自転車通勤には厳しいものだ。そりゃバイク通勤に比べるといささかマシではあるけれども、というか冬にバイク通勤するのはアホとちゃうかと思うぐらいには寒さが厳しく50キロも出せば鼻がもげる。それに比べると全然マシなんだけれども、やはり自転車でも徒歩よりは俄然スピードが出るわけであって、そのスピードがそのまま寒さとして身にふりかかる。

もちろん寒さに耐えられるようにユニクロヒートテックパッチを履き、ジャケットの中も3枚着込み、手袋も備えたうえで自転車を漕ぐ。いつからかマフラーはしなくなった。特に今日は自転車を乗りながら思わず「くぅ〜〜〜〜〜っ」と唸ってしまうぐらいには寒い。

会社から家までの道のりは30分弱ぐらいだ。家が近づくにつれてじわじわと体が冷えていくのを感じる。冬だけ電車通勤にする手もあるだろう。しかしやはり朝方に見られるぎゅうぎゅう詰めになって押し合いへし合いもみくちゃにされるた通勤電車の混雑や、夜、酒臭いまま同じくぎゅうぎゅうになった終電を気にすることと天秤にかけると多少寒くても自転車通勤が割にあっているように思う。

つまりは自転車通勤は楽ちんだ。

 

信号を待っている。

というのはもちろん今、自転車にまたがって信号が青に変わるのを待っているわけで、会社からの帰路、家まで3/4ぐらい進んだ辺り、片側二車線の車道だ。信号を待ちながら考え事をしている。いや、考え事というよりは判断を強いられている。

人は時に二択の選択肢からひとつを選ぶ必要がある。判断を後に持ち越すことはできず、今まさにどちらにするか選ばないといけない切羽詰まった状況、それがまさに今のおれだ。信号を越えた少し先に交差点が迫っている。

与えられた選択肢は、その交差点そのまままっすぐ進むか右に入り込むか。家に向かう最短ルートは右に入り込むことだ。すると君はすり減ったタイヤのような顔をして「じゃぁ右に行けばいいじゃないか」と言うのかもしれない。答えは半分が正解で半分が不正解だ。つまりは得てして最短ルートである右に進むという選択肢が不正解になりうるのだ。それを君に説明するところから始めるとしよう。

 

 

今日の晩ごはんは何を食べた?と聞くともう夜も更けて21時もまわっている。あるいは外食で、あるいは自宅で、あるいはなんだろ、まぁどっか適当なところで晩ごはんを済ませているだろう。

一方おれはどうかというとまだ晩ごはんを済ませていない。というのは仕事が終わる時間が不安定で、19時に帰れることもあれば終電近くなることもある。終電を気にしなくてもいいので終電を越える日も当然ある。仕事中に晩ごはんを食べるというのはあまりしない。ごはん食べてる暇があればサクッと仕事を片付けたく、一分でも早く会社を出たいからだ。

というわけで会社にいる間に晩ごはんを済ませることはなく、いつも会社を終えて晩ごはんを済ませる。つまりは今日の晩ごはんも、会社を出て家に向かうこれからどうにかするわけで、外食にするかスーパーにでも立ち寄り何かしら調達して自炊するか。

しかし自炊というのも面倒なものだ。たとえば炊飯器を持たぬおれ、これは何も意識して糖質を制限しているとかではないけれども別にごはんはいいやというだけ。たとえばパスタを作るにしても帰宅してから鍋にお水を張り火にかけ沸騰を待ち、パスタを放り込んで10分近く待つ間にホールトマト缶を開けて塩コショウやらオリーブオイルやら粉末のコンソメやフライガーリックをゴニョゴニョしてソースをつくるとしたら大変時間がかかるものだ。

もう21時もまわっており空腹感は増している。家に帰ってからの時間のロスが非常に惜しい。ともなるとやはり帰り道でどこか寄って食べて帰るという結論になるのは当然のことだろう。

 

 

さて、では外で何食べて帰ろうとなると普段はサクッと「今日はリンガーハットの気分だ」となったり、「今日はおうどんの気分だ」となったり、その日の気分に困ることはないのだけれども、今日はそれに悩まされている。

冬の気温は低く体は芯から冷えている。手袋の中の両手はかじかみハンドルを持つ感覚も薄れている。意識は遠のき今どこにいるのかさえわからなくなってくる。ただ、晩ごはんを食べないといけないというのは意識の中ではっきりとしている。おれは今日何が食べたい?この寒い夜に。寒い夜だからこそ。間違いない、カレーかラーメンだ。

 

 

たとえばカレー、ココイチのようなカレーライスではなくインドカレー

夜遅くまでやっているインドカレー屋さんがあり、そこのバターチキンカレーを食べたい気がする。もちろんナンさ。スパイスが香るぴりっと辛いベースのカレーに、まろやかなバターの風味が加わって少しの甘みも際立つ。サクサクともちもちを両立させるナンも塩気に加えてほんの少し、ほんの少し、ほのかな甘みが感じられる。チキンももちろん柔らかく煮付けられていてフォークでほろほろにほぐされる。

ナンをよしななサイズにちぎってカレーに沈ませる。バターチキンカレーの中に吸い込まれていくナン。サクサクの食感を重視するか、もちもちの食感に身を委ねるか。好きにすればいいさ。まだナンはほとんど1枚残ってるからね。そう考えながらナンをバターチキンから吸い上げ口に運ぶ。

 

 

ラーメン。ラーメンというものはかくも素敵な食べ物で、その店舗数は全国で35000軒にのぼり日本人の国民食だという意見もある。一店舗一店舗味が異なり、たとえばはじめて降りる駅に行くことがあれば、iPhoneで駅名スペースラーメンで検索して食べログを見る者もいるだろう。

さて、おれが行くラーメン屋は家系ラーメンと呼ばれる横浜発祥のラーメンであり、豚骨や鶏ガラから取ったダシに醤油のタレを混ぜた「豚骨醤油ベース」のスープに太い麺、トッピングにはほうれん草、チャーシュー、海苔が入っているものだ。暖かいスープに横たわる太麺は食べごたえも十分。終盤には卓上に備えられたショウガを入れることにより味の変化をもたらすだけでなく、最後はさっぱりと〆て体もぽかぽかする優れた一品だ。

卓上に運ばれた湯気が立つラーメン。レンゲでスープをひとくち確かめ、麺をずぞぞぞぞぞと吸いいれる。おれはバキューム。麺吸いバキュームさ。

 

 

おれは今、信号を待っている。この信号の先には交差点。まっすぐ進めばラーメンで、右に曲がるとカレーだ。交差点に行き着くまでに判断をしないといけない。

どちらが優勢か。家に向かう道で言えばもちろん右、すなわちカレーだろう。

しかし今おれは左車線で信号を待っている。交通のルールというのは守られなければならない。自転車だからといって対向車線を逆走するのはよろしくない。右に曲がるには信号を渡る必要がある。交差点で再度信号を待ち、右に渡って進む。あるいはタイミングがばっちりで右に行く信号が青になるのかもしれない。もしそうなるとしたら何かおれを取り巻く大きな力が今日は右に行ってカレーを食えと言っているようだ。信号がどう転ぶかは直前までわからない。しかし直進であれば何の苦もなくそのまま進めるだろう。

優勢劣勢甲乙つけがたい。少しの遠回りをするか、家までの最短ルートを選ぶか。いざ並べて考えてみると、おれはそこまでカレーを食べたいのか?おれはそこまでラーメンを食べたいのか?という疑問が自らの頭の中をよぎる。

一度冷静になって考える。やはり食べたい。食べたいというのはどちらか確証はなく、しかし、どちらかしか無いのはわかっている。どちらかしか無いのがわかったうえで、どちらにするのかが定まらない。とてももどかしい時間がすぎる。刻一刻と時間は立つ。世界は進む。おれが判断をためらう間にも等しく世界は進む。そして信号が青に変わる。

 

 

気持ちが定まらないまま自転車をこぎ始める。交差点まであと数十メートル。時間にして十数秒ぐらいか。そこまでにおれは判断をしないといけない。気持ちが揺らぐ。カレーかラーメンか。まだ定まらない。カレーにはカレーの良さがあり、ラーメンにはラーメンの良さがある。どちらも暖かくこの冬にはもってこいだ。クオリティオブライフ。食というのは豊かな生活の一部だ。満足に足る食事は空腹だけではなく心を満たす。一歩一歩ペダルを踏んで自転車をこぎ進める。止まっていた信号を渡るともう目の前に次の交差点が迫っている。まだ決まらない。おれはどうしたいのかがわからない。おれは何をしたい。何をしたくない。どうしたい。そしてどうしたくない。答えは一つしかないはずだから。数秒後に交差点を越えた自分が全てだ。こうなると大きな力、世界に身をゆだねるしかないのか。思考の停止。判断の放棄。否、最後には自分だ。自分が思うようにすればいい。let it goだ。アナと雪の女王だ。おれはアナか、エルサか。カレーか、ラーメンか。アナがカレーならエルサはラーメンだ。おれはどっちを取る?アナもエルサもそんなことはどうでもいいんだ。今この眼の前に迫りくる交差点にどう対応するか。あとものの数秒で判断ができるのか。最後におれはどうしたい。どういう未来が想像できる。今日という一日を締めくくる晩ごはん。その晩ごはんを食べた後におれはどうしている。イメージはできているのか。どうすればいい。おれはこれからどうなる。ペダルを踏む。自転車は前に進む。カレーかラーメンか。正面からラーメンが、右側からカレーが手招きする。最後は自分だ。交差点に差し掛かる。