9回裏最後のバッターの最後の一球を、客席に向かって投げてそのままマウンドからピッチャーが消えてくようなブログ

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『私が殺した少女』 原りょう:感想

何かしら本を探していてこれを読もうと思った時に人が取る行動はそのままamazonなんかでポチッと押して届くのを待つか、もしくは待てないぐらいであれば本屋さんやあるいはブックオフなんかに行って現物を買う。とはいえ書籍というのは星の数ほどありいざ店舗に行っても在庫が無い場合がある。その作家の代表作や売れている作家の作品はあるいは充実しているけれども、ブックオフはおろか本屋さんにも在庫が無い場合があり、その際には取り寄せとなる。こういうことならamazonでポチっておけばよかった。さらには人気作でさえも売れて在庫が無い場合があるので困りものである。

 

 

そしてたとえばよっしゃ、本屋さんに行って買おうと意気込んで向かうけれども在庫がなかった場合にはどうするかというとその場でamazonでポチるか、もしくはまぁ今回はいいやと諦めてせっかく本屋さんに来たからと別の本を買うことになる。そしてその本を読んでいるうちに当初買おうとしていたその本は記憶の片隅に置かれてしまい、いつか本屋さんに行ったときに、あ、そういえば読みたかったんだあるかしらん、と棚を調べてまぁ無いか、次回でいいや、となる。

 

かねてから読んでおこうと思っていたのは原尞著『私が殺した少女』であり、1989年の直木賞を受賞したハードボイルドミステリーである。直木賞受賞に加えて1989年の「このミステリーがすごい!」1位、さらには「このミステリーがすごい!」の2008年までのランキングでベスト20に入った作品を対象にしたアンケート、「このミステリーがすごい! ベスト・オブ・ベスト」で3位に入ったものであり、これを読まずして何を読むよというかんじである。

 

 

私が殺した少女 (ハヤカワ文庫JA)

私が殺した少女 (ハヤカワ文庫JA)

 

 

ハードボイルドに詳しくない。たとえばウィキペディアで調べるとハードボイルドとは"感傷や恐怖などの感情に流されない、冷酷非情、精神的肉体的に強靭、妥協しないなどの人間の性格を表す言葉"もしくは"文芸用語、暴力的・反道徳的な内容を、批判を加えず、客観的で簡潔な描写で記述する手法・文体のこと。"とあり、文芸的には後者でありつまりは淡々と進行していくものであるけれども、ハードボイルドミステリーという範囲であれば、前者の性格を持つ探偵が主人公として登場し、後者の文体でストーリーが進行していくといったところだろう。

 

本作も私立探偵沢崎が主人公であり、とある依頼の電話がかかってきたところからトラブルに巻き込まれ、様々な登場人物と交わり合いながら事件を解決に導いていくストーリーである。沢崎は"感傷や恐怖などの感情に流されない、冷酷非情、精神的肉体的に強靭、妥協しないなどの人間の性格"であり、警察やヤクザにも物怖じしない痛快さがあり、すなわちこの性格はかっこよく映る。ハードボイルドとはかっちょいいものである。

 

そして先述した事件を解決に導いていく、というのもやや語弊がある書き方である。ミステリーというとだいたい二種類に分かれる。それはトリックの話か人間の話かだ。現場である事件が起きる。名探偵が登場し、残されたヒントからトリックを解き明かし犯人はあなたです!という性格を帯びるのもミステリー。そしてもう一つは人間の話。何か事件が起き、人間関係の中でなぜそうなったか、どのようにしてそうなったか、結果どうなったかが解明していくもの。そこにどのような文体が用いられるかで本作は"暴力的・反道徳的な内容を、批判を加えず、客観的で簡潔な描写で記述する手法・文体"を取り入れハードボイルド小説となっている。あるいは人間の話で筆者が読者を騙す形式を取るといわゆる叙述トリックという形になるけれども、ストーリーの本質はだいたい後者だろう。

 

ともあれ『私が殺した少女』である。ミステリーでご法度なネタバレはしないようにしないと。本作は探偵、探偵の関係者、事件の当事者、その関係者、警察、ヤクザと登場人物は多く、スピード感を持ち進行していく。主人公がトラブルに巻き込まれて、そのトラブルに飛び込んだところ別の依頼が入り、巻き込まれた当事者としての一面と、依頼をされた一面と、あらゆる関係者と交わりそれぞれの思惑が絡み合う。当然ミステリーなので最後は解決するんだけど、解決を導き出すといった形ではなくて、どちらかというとその解決する地点に至るという話である。導くではなく至る。

 

そしてよくあるように実際の東京を現場として描いた作品なので、その土地の風景、たとえばどこどこの道を右に曲がってといった描写がスムーズに入ってくる。このような客観的描写でその情景がスムーズに入ってくるのもあるいはハードボイルドと言われる手法と相乗するのだろう。そして情景がわかるからこそスピード感を持ってストーリーが進行していくのがそのまま入ってくるのであり、こういうのが好きな人にはたまらない作品である。

 

 

私が殺した少女 (ハヤカワ文庫JA)

私が殺した少女 (ハヤカワ文庫JA)