9回裏最後のバッターの最後の一球を、客席に向かって投げてそのままマウンドからピッチャーが消えてくようなブログ

平日は1000〜2000文字ぐらい、土日は4000文字ぐらい書きますがどちらも端的に言うと20文字くらいに収まるブログです。

わらび餅カタルシス@くろぎ

心が洗われるという表現がある。あるいはそれはカタルシスと呼ばれるものかもしれないけれども日々の怒り、憂い、イライラから解放されるということだ。浄化。カタルシス。

これがなかなかにやっかいなものであるのは、この心のコントロールというのは形が無いからであり、たとえばハードコアな君はカラオケに行ってデスメタルを入力「ヴォー!ヴオー!」とシャウトすることによりカタルシスを体現するのかもしれないし、丸の内OLの君はザギンや表参道でショッピングを敢行するのかもしれない。あるいはクズな君は穢れはお金とともにあると考えギャンブルにわざわざ負けに行く。散財することにより穢れを浄化するつもりがより穢れを溜め込む結果になるのかもしれない。

 

つまりは心を洗う行為というのは人それぞれであり、人生とは自分のカタルシスとして何がマッチするかを探す長い旅路なのかもしれない。トライアンドエラー。それをやってみては振り返り、これは良かったアレはダメだったと試行錯誤を繰り返す必要があるかもしれない。座禅かもしれないし寝ることかもしれないし前述のカラオケやギャンブルかもしれない。

 

そして今回トライしたのが和菓子である。和菓子といってもそんじょそこらの和菓子ではなくつまりはわらび餅。コーヒーとセットで金子2200円も也るわらび餅である。2200円というと数日分の食費を賄えるほどの大金である。あるいは1万円札を尻紙とするセレブリティな君からすると常なるわらび餅かもしれないけれども、それをわらび餅に費やすことによりカタルシスを図る。わらび餅というとコンビニやスーパーで手に入りせいぜい2〜300円ぐらいものでありそれを高級品へとシフトすることにより非日常感。常とは異なる世界に飛び込む。

 

ではこのわらび餅がどこにあるかというと銀座なんかではなく、いや、ここでなんか高いやつがありそうなシンボルとして銀座ぐらいしか出てこないのがおれの想像力の限界である。異なるものは全て銀座か六本木にあると暗示をかけている証左でありそれもまたボーダー、心の境界線である。つまりはこのわらび餅は最高学府である東京大学構内にある。

 

本郷キャンパス Daiwaユビキタス学術研究館1階にある「くろぎ」というお店では和菓子を扱っておりお餅やかき氷、あんみつなど、それぞれ金子1000円を越える贅沢品である。客に東大生はほとんどいないだろうと推測されるけれどもそんなことは関係なく、わらび餅である。

 

賞味期限が30分。本蕨粉100%使用しており黒いわらび餅。漆黒のような、あるいは深淵のような色合いのわらび餅はこの食感や香りを保つことができる30分以内に完食することを勧められる。諸行はあまりにも無常である。この黒いわらび餅を通して時の流れを感じるのであり、その時の流れの中で今の自分を振り返る。口の中をサティスファクションする食感。鼻の奥を突き抜ける香り。今までの行い、悪行、穢れ、誹り、その全てが浄化される気がする。

 

今までの半生を振り返る。恥の多い生涯を送って来ましたと書いたのは太宰であり、人間失格とまでは言わないけれども、そして大したこともないアレだけれどもその中でいろいろな行いというのはあったわけでおそらく褒められるようなものも褒められないようなものもある中で迷走し、軌道を修正しながら今ある位置というものには変わりはなく、また変えられず、そして今わらび餅である。目の前の黒いわらび餅である。この黒いわらび餅の先にカタルシス、心の浄化を経るのであり、リセット、全てのリセットをできるというのは当然無いのだけれども、リセット。黒というのはあるいは吸収の色、飲み込む色。ブラックホール。漆黒ゆえの背徳。そのわらび餅。背徳のわらび餅。わらび餅カタルシス。わらび餅に行いを飲み込ませ、今日もまた新しい一日が始まるのである。

 

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