9回裏最後のバッターの最後の一球を、客席に向かって投げてそのままマウンドからピッチャーが消えてくようなブログ

平日は1000〜2000文字ぐらい、土日は4000文字ぐらい書きますがどちらも端的に言うと20文字くらいに収まるブログです。

胃が痛い。

我々が生きるこの世界はストレスが蔓延しておりストレス社会と呼ばれて久しい。日々生活する上で心理的な不安からくるストレス、人間関係や勤める職場の環境に対するストレスもあればたばこの煙や花粉など目に見えない物質もストレスに感じることもありそれで言うと今日みたな寒い日にはその寒さすらストレスとなる。企業でのストレスチェックも義務付けられたとかなんとかでありいちいちそんなの受けないといけないのがまたストレスであり、デビッド・ボウイとクイーンが「愛はこんなにも古くさい言葉だから、そしてその愛が人を〜〜」みたいに歌ったunder pressureという歌もストレスの歌であるがけだし神曲であるのでこの機会に聴いていただきたい。といった話しをするとお気楽が売りのずんべらぼんな君は「おれっちはストレスとか感じねぇズラよ。」などと呆けた顔で抜かすかもしれないけれどもストレスとは無縁の人もストレスとは無縁というストレスと共存しているわけであって、そのような君を相手にすることがまたストレスとなるのであって、つまりは人は必ず何かしらにストレスを感じてしまうので、ストレスの無い環境を臨むのではなく、ストレスと柔軟に付き合うというのが大事なのではなかろうか。たとえばおれが今こうして胃が痛いのはいくつかの理由が考えられ、タバコの吸い過ぎによって胃酸過多になっているのかもしれないし、お酒によって胃が荒れちゃっているのかもしれないし、仕事に追われたプレッシャーから胃が荒れたのかもしれない。まぁ端的に言うと胃が痛い。

 

君は胃カメラを飲んだことはあるかい?もしあるとしたら、君と僕は友達さ。おれが初めて胃カメラを飲んだのは大学3年生のころで、かれこれもう10年以上も前の話しさ。その時は口から飲むタイプのやつでまるで地獄だったよ。ノドをかすめて気持ち悪さを伴うことによって何かしら胃から戻ってくるものが塞がれた口から出ることはできずに鼻から出ようとしたらば鼻を塞いで呼吸ができなくなるぐらいには地獄の話しさ。それから何年か後に鼻から入れるタイプの胃カメラを飲んだときにはなんて楽ちんなんだこれは、と安心したもんだよ。それでも幾分は苦しかったけどね。あれからもう7,8年は経ってるだろうから、今なら全然楽なんじゃないかな。医学の進歩はすごいものさ。7,8年もあれば空も飛べるはずだよ。今胃カメラを飲んだらどれぐらいしんどいのか知りたいなぁ。まぁ端的に言うと胃が痛い。

 

胃カメラを飲むというのは何かしらの胃が痛くなるというきっかけがあるはずで、興味本位でとか人生経験としてとか就活の面接で言うためにとか言っちゃうのは愚の骨頂でありというかアホなので相手にせず、ここでおれが初めて胃カメラを飲んだときの話しをその前段、つまりはなぜ胃が痛くなったかというところから話すとしよう。あれはたしか大学3年生のある日だ。胃の痛さに悶えたのが大学3年次の必修の授業中だったから憶えてるさ。その数週間前におれは予備校時代からの格闘技ヲタの友人にコンパ、いわゆる合コンに誘われたわけであって、大学3年生ともなると当然いい女の子いるかなぁ、彼女できるかなぁ、ワンチャンあるかなぁなどとありもしない妄想だけを抱いてるんるん気分で行くわけであり、たしか5対5とかそれぐらいだったかと思うけれども、場所はチェーンの居酒屋なんかだったと思う。無事女性陣は幹事マックスの法則が発動しかなりのストレスとなったわけだけれども、我々男性陣は楽しい時間になればいいなとあの手この手でコミュニケーションを取ろうとし、時には話しを投げかけ時にはギャグを挟み女性陣のいいところを引き出そうと試みるも梨の礫(つぶて)、豆腐に鎹(かすがい)、のれんに腕押し、糠に釘、うんともすんともよい反応は見せず完全なるマグロ、そのどれも不発に終わり場は盛り上がらずさらにストレスがかさんだのであって、ここでひとつエクスキューズ、言い訳をしておくとコンパをする際にはもちろん楽しいものでは無いこともあるけれども、普段ならまぁ普通に飲んで話してという風になるのは必然であり、むしろなんであそこまでダメだったのかがわからないぐらい人類史上一番最悪だったコンパであり、君が今まで経験したコンパの中で一番ひどかったものに100万倍ひどかったものを想像してもらえたらわかりやすいと思う。さらに不幸なことには店舗自体も残念だったわけで、それはすなわち目を見張る料理があったわけで、参加人数が確定していたため幹事は飲み放題のコースをあらかじめ人数分オーダーしていたわけであり、居酒屋のコースらしくサラダやらご飯物やら何かしらが次々とテーブルに並んでいく中で、とりわけ異彩を放っていた品目があったのを強烈に憶えている。その品目とは「天ぷら3種盛り」であり、まぁたとえて言うなら一人あたり天ぷらが三種、それがエビとかたまねぎとかさつまいもとかそういうのが三種なのだろうけれども、その日は一味違ったのであり、居酒屋チェーンのずんべらぼんな学生アルバイトが「今日天ぷら三種が無くなっちゃって、まいたけの天ぷらがみっつになるのでご了承ください」という耳を疑うような発言をしたのであり、ときに「ご了承ください」はオールマイティ、マジックワード、史上最大のエクスキューズとなりえて、そうなると我々は「お、おう」と言うしか無く、さてそのまいたけの天ぷらがテーブルに運ばれたところが地獄の始まりである。普通に考えると天ぷら三種盛りというのはそれぞれ一人あたりに皿が割り当てられ、その皿の中にエビとかさつまいもとかが陳列されているものだけれども、もうまいたけが三個と確定している以上それぞれの皿に分ける必要はなくなり大皿に盛って出てくるのであり、ここでまいたけのサイズ感を思い浮かべてほしい。それぞれが拳ぐらいのサイズはあるのは想像に容易いだろう。それが3つで一人前、が10人前、拳30個分のまいたけの天ぷらが大皿に盛られて出てきたのでありまるでそれはエベレスト、マウント・フジ、それはそれは大きくそびえ立つまいたけの天ぷらが目の前で展開されているのでありここでゲームオーバーであり終焉であり、全ての終わりであった。あとダメ押しで言うとその場にいた友人がトマトを食べられない理由というエピソードが致命的であった。そのエピソードとはつまりはその友人が幼少のころ母が浮気をしておりたびたび浮気相手が家に来ていたのだが、ある日その少年はその浮気相手が裸で立っているところを母がタオルを盛ってその男の体を拭いているシーンを見てしまいそれが絶大なストレスとなりその日の晩ごはんで出されたのが冷やしトマトだったためトマトを一切受け付けない体となってしまったというネタに女性陣がドン引きしてしまったのが致命的だったのだろう。おっと、胃カメラの話だった。すっかり飛んでしまっていた。胃カメラがなにかというと、そのコンパ終了後、梅田マルビル下にあるスターバックスで男性陣だけでラテを飲みながら反省会をしていたわけだけれども、その辺りからおなかに違和感を憶えていたのであって、なんか痛いなぁとか思っていたらばそこから一週間ほどその痛みは消えず、ついには前述の必修授業中に限界を迎えこれはカメラ飲まんといかんな、となり病院へ。胃カメラの予約を行った翌朝にはおれ、ベッドに横向きに寝転んだまま胃カメラを口に突っ込んでいて地獄を味わったっていうね、そういう話しさ。つまりはストレスはこわいって話しであって、大きなストレスは一撃で胃に穴を開けることもあるんだぜ。まぁ端的に言うと胃が痛い。

 

さて、その時に胃カメラを飲んだおれ、十二指腸潰瘍および胃炎と診断されており、ストレスの怖さをあらためて感じさせられるのである。そこからなんかずっと慢性胃炎になってしまって年に1回2回胃が痛くなるシーズンが来るわけであって、お、今年も来たなというかんじで今を迎えておりつまりは胃が痛いわけであって、先日の人間ドックでバリウム検査をしたところでも相変わらずの胃炎という結果がかえってくる、つまりはおれは繊細、華奢、花車、たおやか、デリケィト、ケントデリカットであり傷んだ胃にフェミニーナ軟膏を塗りたくりたくなるぐらいにはデリがケイトしている。これはこれからも付き合いつづけるしかなく、いかにストレスと共存するかと同じ命題である。我々が生きるこの世界はストレスが蔓延しておりストレス社会と呼ばれていろんなプレッシャーが重くのしかかるunder pressureであり、その歌詞でいう「Can't we give ourselves one more chance, Why can't we give love that one more chance, Why can't we give love give love give love give love」、つまりは愛であり、こんなストレスに溢れた世界だからこそ愛を持って踊ろうぜと歌ったボウイに思いを馳せて胃の痛みに愛を持って接しようと思う。これは愛の物語であり世界の物語である。まぁ端的に言うと胃が痛い。

 

胃が痛い。

広告を非表示にする