9回裏最後のバッターの最後の一球を、客席に向かって投げてそのままマウンドからピッチャーが消えてくようなブログ

平日は1000〜2000文字ぐらい、土日は4000文字ぐらい書きますがどちらも端的に言うと20文字くらいに収まるブログです。

大学生は読書する方が良いって話

たとえば、趣味は読書ですと言うとそれはサークルの自己紹介や履歴書の趣味/特技の欄を埋めるためのありふれたひとつかもしれないけれどもそれでもなお読書を勧めるものであって。

 

読書とひとことで言ってもその幅は広く、つまり読書というのは書籍を読むということなので書籍の多さが幅の広さを表すものであって、自己啓発本を読んでも読書、旅行記やエッセイを読んでも読書、小説を読んでも読書、小説の中にも歴史ものもあれば恋愛ものもあればミステリーもあればそれを総じて読書とまとめるのであるいはありふれたものになるかもしれない。

 

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美女と野獣、エマとワトソン

過日、週末は特に何もすることが無いからマジヒマだなっつって、映画でも見るかっつって。とはいえ見たいものを見たいし見たくないものは見たくないしわがままなおれ、何かしら見たい映画あるかなと、見たくさせてみろよオラァ!とiPhoneを取り出しインターネット、検索を駆使して近場たるところの新宿で上映中の活動写真をサーチ、『SING』『コナン』『美女と野獣』はまぁ見てもいいかなっつって。

 

 

たとえばそのどれも、少し経つとテレビで放映するだろうしレンタルビデオ屋さんにもDVDが並ぶだろうし、もっと早くamazon primeやらnetflixやらで配信されるかもしれないけれども、ではなぜ映画館で見るかというとその理由は音響にあり、迫力ある音響は映画館ならではというのは否定しがたく、たとえばお金をかけて住まいにホームシアターを導入、大画面スクリーンとスピーカーを設置すると迫力ある映画体験にはなるだろうけれどもそんなお金など無く、とはいえ導入したとしても迫力ある体験ではあるけれども、映画館のアレとはまた異なるだろう。つまりは映画館で映画を見るということは映画館で見る感じのアレが伴うものであって、その極みは音響であって、なかなかマネができるものでもないだろう。

 

 

つまりはやれIMAXやら4Dやらあるけれども、ドルビーアトモス版があればそれを見がちであって、音が立体的に感じられるので良さがあるのであって、じゃぁコナンを音響に注視して見るかっつったらそうでもないなってことで却下、っていうかコナン10年ぐらい見てないから進捗わからんなっつって。新キャラとか出てるのかしら。ってことで『SING』か『美女と野獣』のどっちかにするかっつって、上映時間を見たらば『SING』のほうは時期がもう過ぎたのか、朝9時代しかしてなくて早起きせんとあかんやんけ却下じゃボケとなる顛末を経て『美女と野獣』を見た。



エマ・ワトソンである。いや、この「エマ・ワトソンである」というのは、この映画にエマ・ワトソンが出てるよっていう情報を君に教えているわけではなくて、美女と野獣とはつまりはエマ・ワトソンである、ということ。終始エマ・ワトソンの映画であり、もうタイトルを『エマとワトソン』にしてもよいぐらいなのではないだろうか。盤石、鉄壁、難攻不落、横綱相撲、正々堂々、堅牢といったあらゆる類語を並べても足りないぐらいに最初から最後までエマ・ワトソンである。

 

 

つまりは見た結果最高におもしろいわけでありその余韻、終わった頃には主題歌たるところの『Beauty and the beast』の最初のところ、フンフンフンフンフーン、のところか最後のビューティーエンザビースのところをついつい口ずさんでしまう。ストーリーもわかりやすくエマ・ワトソンは美しく、清く正しくエマ・ワトソン。映画館で見ることをおすすめする。

 

 

何にでも理由や教訓を求めようとする人がいる。たとえば『美女と野獣』という映画を見たときに「やっぱ外見じゃなくて内面だよねッ☆」とかと間の抜けたことを言う者がいるけれども、野獣、すなわち王子はそもそも毎日パーティーをしてドドスコドドスコ遊んでいた超絶お金持ち王子であり、日々豪華絢爛な衣装を身にまといわがままなクズであって、なんだかんだあって魔女の怒りを買い野獣となるわけであってこの映画のどこに内面があるだろうか。そもそもタイトルにも美女って書いてるやんけ。その内面は誰の内面だよ、とツッコんでもどうせインスタに果物が溢れんばかりに盛られたスイーツの写真をアップすることに夢中で聞く耳を持たぬだろう。見てみろよ、エマ・ワトソンだぜ。絶世の美だぜ。

 

 

因果と理由は異なる物であって、何かしらこうあったから結果的にこうなったというのは全てにおいて存在するけれども、そこに意図や理由というのは必ずしも両立するものでもなく、つまりは「なんとなく」で良いのであって、実際に「なんとなく」で溢れかえっているのにそこに理由を見出そうとするのは無粋なものであって、「なんとなく」は「なんとなく」のまま消化したら良いのであって、なんとなくこれを書いている。

 

 

美女と野獣 オリジナル・サウンドトラック - デラックス・エディション-<英語版[2CD]>

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何事も気を抜いた瞬間というのが一番危うい。

 

昨今、花粉のシーズンとなると街中にあるオルゴールがちんたらちんたら鳴り響くような病院では予約システムが完備され、インターネット、あるいは電話から時間を指定し待ち時間が少なく受診できる仕組みが提供されがしかし利点はあるけれどもそもそも予約がぱんぱんであり、希望の時間に行くこと自体が難しく、さらには予約をせずに行くとやれ待ち時間が2時間だとか今日は無理だとか門前払い、人が集中するというのはつまりはこういうことであるけれども、何事にも穴場、抜け道、グレーゾーン、法律の隙間というのは存在するのであってつまりは恵比寿の裏側、大通りの一つ裏手にある昭和からあるような設備も古い耳鼻咽喉科、病院というよりなんか耳鼻咽喉科たる、よくあるような待合と診察室が分かれているような数LDKの作りではなく1ルーム、受付あるいは待合的にソファはあるけれどもそこから診療がまる見え、鼻に何かしらぶっ刺されている様やあのネブラなんとかっつうの?なんか吸入器的なやつ、あれをぶっ刺しているのもまる見えな昭和の耳鼻咽喉科、とはいえそれは親切な対応だなっつって、待ち時間も少ないし診察が終わると即会計してくれて時間もかからないっつって1月下旬から今の、あるいはもう過ぎ去ったであろう花粉シーズンに備えて恵比寿の裏側、耳鼻咽喉科に病院に通い花粉極まる3月4月を無事ゼロくしゃみで乗り越えたと思ったところがつまりは気を抜いた瞬間であって鼻がやばい。

 

たとえばamazon Prime松本人志がやっているドキュメンタルのシーズン2でも最高におもしろい笑いの攻防戦が繰り広げられているわけであるけれども、その中でもやはり一瞬の隙に笑いは入り込み思わず笑ってしまいカードをもらう、というものがある。大丈夫だろうと気を抜いた瞬間にふわっと入ってくるものが頭の中を駆け巡りイメージが増幅され、一度増幅されたイメージは加速度を持って倍々に増えていき堪えられなくなる。あるいは4月をこえてもう大丈夫だろうと気を抜いた瞬間に花粉あるいはハウスダストだかなんだかが鼻腔に入り込み鼻が暴走している。

 

処方されたアレルギー性の鼻炎薬を飲んでも鼻が崩壊しておりヒノキなのかハウスダストなのかは謎であるけれどもその原因は部屋にありそうな気がしていて、というのは確定なんだけれどもたとえば昨日なんかはうんともすんとも大丈夫だったわけだけれどもGW明けでほぼリハビリのように仕事を終えて部屋帰った瞬間に鼻が何かしらやばいぞっつって崩壊してきたわけで、つまりは至上命題は部屋の掃除であり、GW中に掃除機をかけたけれどもやはり3000円ぐらいのやっすい縦置き型掃除機では弱いのか改善の兆しが見られずやはりクイックルワイパーや先端にふわふわがついたアレが必要なのではなかろうかとマツモトキヨシに駆け込む予定でありよーし掃除しちゃうぞーっつって。

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行動と体験とアフィとライターとメディアと。

メディアがどうだとかステマ(誤用じゃない本来の意味での)がどうだとかインターネットが騒がしくなっていて、そういや昨日はアフィリエイトに火がついたなというかんじで。

 

www.buzzfeed.com

 

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春にして君を離れ

春。満開になった直後の雨で今年の桜が終わって晩春。春は新しい生活が始まる季節であって、いろんな初めてにあたる人もいるだろう。

 

最初にアガサ・クリスティを読んだのはいつだろう。

時期は覚えてないけど、たぶん高校か大学の頃で、読んだ本は『そして誰もいなくなった』というのは憶えている。

 

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雨降りの桜の木の下で

桜の樹の下には屍体が埋まつてゐる、と言ったのは梶井基次郎であって、つまりは美しい桜を見てなぜこうも美しいのかと不安になる。この美しさには均衡を取るものがあるはずであって、その下にはどろどろとした死があることで均衡を取れる、そう思うことで主人公自身が心の均衡が取れる、そう思うことで神秘から自由になった今なら、彼らと同じように桜の下でお酒を飲めそうだ、というものであって。

 

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『金色機械』恒川光太郎 感想:読んだ本

S級である。何がS級かというと面白さがS級である。では何の面白さがS級であるかというと表題の恒川光太郎著、『金色機械』である。

 

 

金色機械 (文春文庫)

金色機械 (文春文庫)

 

 

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